図書の網

@lumelyのブログです.概ね研究や教育の話を書きます.

図書館情報技術論を学ぶ人へのメール

こんにちは,lumelyです.

今年度は図書館情報技術論を担当していまして,初めての単独授業ということで一人OCWだの,セルフレビューだのとやりたい放題しています.評価方法も100点満点の期末筆記考査一発勝負と20点満点の小テスト5回どちらがいいかをアンケートで決めたところ圧倒的多数で小テスト5回になったわけですが,第3回小テストの試験範囲にあたるデータベース回の授業終了時に,今回の内容は全くついていけなかったし小テストで点数を取れる気もしないという相談を受けたので,計4,100字くらいのメール2通を返答として書きました.比較的一般性があるような内容に思われたので,少々手を加えた上で公開します.当該学生にもご了解をいただきました.

3行でまとめ

  • 受け持っている図書館情報技術論のデータベース回において,何がわからないのか分からなくなった,という相談が来たので,合計2通,計4,100字くらいメールを書いた
  • 今の大学生が図書館情報学を学ぶには非常に大切なことなので,着実に頑張りましょう
  • 他の受講生に比べて進んでいる/遅れているということはあまり気にするべきではありません

目次

 

相談内容(要旨)

SQLite3でデータベースに対しSELECT文を叩いてみるという授業について,全く内容が理解できず,何がわからないのかもわからない状態である.司書資格を取得したかったため,新司書課程の科目であるこの図書館情報技術論を受講していたが,テストで点が取れるようには思えない.また,理論と実践であれば理論から入る方が好きである.

 

返答メール「データベースの学び方について」

図書館情報技術論担当教員の池田です.

色々と考えてみましたが,「何がわからないのかわからない状態」というのは十分な情報を取り込めていない状態と考えることができます.この状態もいくつか細分化することができ,

  1. 提供者が十分な情報を与えていない
  2. 提供者が十分な情報を与えているが,それを理解できない

の2通りに大別できます.

1.については本メールの後の方で少し参考書を紹介します.
2. はさらに分類することが可能です.

  1. 知らない言語であり,そもそも読めない
  2. 知らない単語が頻出するため,内容の類推も困難
  3. 内容が十分に整理されておらず,そもそも理解が困難
  4. 心理的な拒否反応により理解が困難

今回はb, c, dのいずれかだと思うため,それぞれを掘り下げて考えます.

b. 知らない単語が頻出するため,内容の類推も困難

この場合について,全ての単語を知る必要はありませんが,文脈上重要そうだと思われる単語についてはある程度調べていただく必要があります.

今回であれば,コマンド,テーブル,スキーマ,カレントディレクトリ等はその意味をある程度分かっていなければ演習を行うことは困難です.ここで,「分かる」というのは「言語化はできなくても,それに関する指示は理解できる」というレベルを指します.

たとえ話は本質的な理解の妨げになるためできる限り避けたいのですが,例えば「息を吸え」という命令があったとしたとして,実際に息を吸うことができればそれでいい,という考え方です.このとき,「息を吸うためには胸腔と腹腔の境界にある随意筋である横隔膜を動かす必要がある」ということを知っている必要はない,ということです.

そもそも,データベースを本質的に理解するにはそれだけで2単位以上は欲しい概念ですので,それを2コマで扱わざるを得ない本授業においては,理屈はともかくコマンドを叩いて動かしてみる,ということに焦点をあてて,理論的な説明はほぼ省略しています.

それでも理論から入ったほうがいいということであればリレーショナルデータベースに関する本が本学にも4冊はあるようですので,そちらをあたってください.

c. 内容が十分に整理されておらず,そもそも理解が困難

これについては,実質的には人文社会学系の学生を対象とした授業なので可能な限り配慮はしているつもりですが,まだ説明が不十分であるところがあると考えられます.また,とにかく手を動かすことを念頭においた授業設計となっており,理論的な話はほとんど省略しているため,まず理論から入ったほうがわかりやすいという学習スタイルであれば理解が難しいところもあると思います.

ただし,習うより慣れよといわれるように,時間の制約上そのような設計にせざるを得ない面はあるため,とにかくコマンドを叩いてみることをお勧めします.

例えば,本日の授業では次の3つのコマンドを紹介しました.

ここで,カレントディレクトリがよくわかっていなくても,

pwd 

と打つと何らかの文字列が返ってくること,

ls -la 

と打つとファイルとディレクトリが表示されることが応答的に実感できれば,
ls -laで出てきたディレクトリ(例えばDesktop)に対し,

cd Desktop

というコマンドは打てるはずです.
cdは「指定されたディレクトリにカレントディレクトリを変更する」というコマンドであるため,この後に再び

pwd 

と打つと,最初のpwdとは別の結果が返ってきます.

このように,未知なら未知のものに対して,とにかく対話的にコミュニケーションを試みるという姿勢が大切です.特に,相手はコンピュータであるため,24時間いつでも操作を受け付けますし,怒り出すこともありません.

さらに,ビデオデッキなどと違い,授業で扱ったコマンドでパソコンやデータベースが壊れるということはあり得ないため,「このコマンドは本当に正しいか」と悩むくらいであればどんどんと試すほうが効率よく学習ができます.

d. 心理的な拒否反応により理解が困難

これについては,世の中には特に数式などに極端な拒否反応を示す人は少なからずいるため,しょうがないと思います.ただし私は,それでは数十年後に必ず苦労すると考えています.我々の親や祖父,祖母の世代であれば機械音痴は大した問題にならなかったと思いますが,今後,社会にコンピュータはますます浸透し,自動化は進んでいきます.それに全員が必ずしも対応しなければならないわけではありませんが,今の大学生がそれに対応しなければならない理由は2つあると考えています.

1つ目は,職を失わないためです.今騒がれているようなAIのような最先端の技術の恩恵が一般企業にまで浸透するには数十年はかかります.しかし,資本主義においては競争によりより安く,より品質の高いものを求めるという原理がありますので,完全に機械に置き換えることが可能なものはいつしか完全に消えます.産業革命以降,安い服は機械で作られるようになりましたし,電話には物理的に配線を変える電話交換手が不可欠でしたが,それも昭和中には自動化が完了しました.

自分がやっている仕事が無くなるかどうか,あるいは技術が今後どのように発展していくのかを判断するリテラシーを身につけることが,今後生きていく上では求められます.

2つ目は,年配の人や上司は若者に過剰に期待する,ということです.
人は大雑把に判断しがちな生き物であるため,「〇〇だから××できるでしょ」という論理による要求に今後必ず直面します.例えば次のようなものです.

  • 「文学部出身だから本には詳しいでしょ.今のおすすめの本を教えてよ」
  • 「司書課程を受けていたのだから,図書館に詳しいでしょ.ツタヤ図書館の何が問題なの?」
  • 「新しく図書室を設置するけど.司書資格を持っている君が責任者ね.本の選定よろしく」
  • 「君若いからコンピュータに詳しいでしょ.AI?を業務に導入したいのだけれど,検討してよ」

これらの要求に対し,「知りません」「違います」「出来ません」と答える人に
待っているのは評価の引き下げ,減給,リストラです.

このような状況に対し求められるのは,未知の問題を解決する能力です.それは巷では卒業研究によって養われるといわれていますが,司書の専門性はまさに「未知の問題に対し,適切な情報を見つけ出す」ことにあります.そのためには,図書館情報技術論でやっているような,大まかなコンピュータや検索の枠組みを知っておく必要が必ずあります.

 

ここまでのまとめとして,来週のテストで点を取るために必要なこと3点を列挙します.

  1. 第8回の授業スライドを読み込む.未知かつ重要そうな単語は調べる
  2. コマンドを実際に叩き,全ての演習をこなす
  3. コマンドを丸暗記するのではなく,その意味を理解する.例えば,ルート3は1.414…ということを覚えている人がいたとして, ルートを「理解」していればルート9は3であると即座に計算できる.そのような状態を目指す

また,自分のパソコンがあれば,千葉大の端末を使わずともSQLite3の演習を行うことは可能です.こちらの方法については6月8日中くらいまでにはMoodle上などで解説を行う予定です.


最後に,本メールに関連しそうな本を2冊提示します.

改訂第3版 すらすらと手が動くようになる SQL書き方ドリル

千葉の図書館や本学にはありませんが,SQLのドリルです.穴埋め式なので,パソコンがなくても取り組むことができます.この本の第2章を一通りやれば,本演習で求められているレベルは十分に満足できると思います.

これからの世界をつくる仲間たちへ

筑波大学の落合先生の本です.こちらは本学も1冊所蔵しています.本メールで述べた,「なぜこのようなよくわからないことが必要なのか?」ということについて書かれています.本文が全てゴシック体なので本を読みなれているのであればむしろ読みにくいかもしれませんが,内容としは中々興味深いです.


以上,よろしくお願いします.
オフィスアワーということで時間も少しは取れますので,対面でコマンドを打つところを後ろから見守る等の対応も必要に応じて出来る限り行いますので,もしどうしてもわからないところがあればまた聞いてください.

 

お礼のメール(要旨)

分からない単語が多くあるというのが原因なように考えられる.もう一度授業資料をよく読み直したい.また,周りの学生がどんどん課題をこなしているように見えるのがプレッシャーに感じていた.

 

返答メール「周りはあまり気にしない方がいい」

池田です.
大学3年生にもなると,人によって能力が異なってくるというのは当たり前のことです.梶井基次郎は23歳には『檸檬』を書き上げましたし,松本清張の処女作『西郷札』は彼が42歳のときに発表したものでした.

ゴッホは生涯で1枚しか絵が売れませんでしたし(そもそも画家として活動した期間が短いというのもありますが),その一方でジャクソン・ポロックは評価されすぎることに耐えられず事故死しました.

今回の内容は人文社会学系の人にとってはかなり重かったと思いますが,コンピュータサイエンス系の人であればむしろ30分くらいで全部終わります.要は,他人はあまり気にしても仕方がないということです.

教員である私が知らなくて,●●さんを含む学生が知っているようなことは山ほどやるような現在においては,わからないことは素直にわからないと認め,必要に応じて学習したり,丸投げするという姿勢が重要です.その点,匙を投げてすぐに履修を放棄してしまうのではなく,一度担当教員に一声欠けにいった●●さんの姿勢は大変すばらしいものです.

図書館司書を含む何かしらの仕事についたとして,例えば在庫を調べるデータベース(図書館であればOPAC)を作る,ということはまずあり得なくとも,それを発注する側に回る,ということは十分に考えられます.

そのとき,システムやコンピュータに関する知識や経験が一切無く,まるで魔法のように捉えたままであれば,高い金を出して非常に使い勝手の悪いものが出来上がったりします.
# 業者は基本的には言われたとおりに作るため,
# 指示が頓珍漢であれば変なものができるのは道理です

そのような素養を身に着けるための授業が本授業ですので,ぜひ時間をかけて復習してみてください.SQLを含むプログラムは「言語」なので,第三外国語と考えるべきです.語学の学習にはとにかく時間が必要です.

また何か不明点があればメールでお聞きください.