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@lumelyのブログです.概ね研究や教育の話を書きます.

とある国公立大センター教員(特任助教)の労働時間

こんにちは,lumelyです.

ポケモンGO大変楽しいです.進化アイテムの輩出率はもう少し緩和してくれてもいいのではないかと思いますが.

大学教員になってそろそろ1年になりますが,この職業はそこまで稀少というわけでもないのにも関わらず,「忙しい」「暇」と真逆の言説が巷では溢れかえっているように思えます.しかも,私の知る限りそれらは印象論の域に留まっており,建設的な議論には全く繋がっていません.そこで,着任1年目のある国公立大センター教員(特任助教)に全面的にご協力頂き,3週間の研究時間と研究以外の業務の時間を計測したので一つの指標として公開します.

3行でまとめ

  • データを伴わない印象論により大学教員の忙しさが語られていることに問題意識
  • とある着任1年目の国公立大センター教員(特任助教)の研究,業務時間の合計は土日も含めて平均8時間
  • 同様のデータがこれを契機に公開されていくことにより,客観的で建設的な議論に繋がることに期待

目次

 

はじめに ~日本において大学教員になるには

博士(はくし)が100にんいるむらが大学教員になるためにはほぼ必須条件となる博士号の取得についての古典として有名ですが,大学教員の実態についてはあまり知られていないように思えます.

まず,大学教員になるには基本的にJREC-IN Portalなどに掲載される公募に対して応募し,10~100倍以上の競争をくぐり抜ける必要があります.公募されるポストは常に1名ないしは数名で,ポストが出来る理由は次の3つに大別されます.

  1. 元々そのポストにいた同分野の先生が異動ないしは退職した
  2. 新しい大学や研究科等が創設された
  3. 大型資金の獲得などによる人材の補強

また,ポストはパーマネントかどうか,つまり任期があるか無いかで倍率は大きく変わります.大学教員はテニュアという資格を取りさえすれば,懲戒処分などの対象にならない限り,ほぼ解雇されなくなります.このテニュアを獲得するには,テニュアトラック制に基づいたポストに就く必要がありますが,これは非常に狭い門となっています.

十数年以上前であれば,博士号を取得すると同時にその大学に助手として残るという道はあったようですが,今日,少なくとも国公立大においてそのようなおいしい話は聞いたことがありません.

公募は当然ながら厳正な審査に基づいて行われ,所謂縁故採用というのはこのご時世においてはありえません*1.ただし,募集したが応募が無く欠員を埋めることができなかった,ということを避けるため,つてを頼って有力そうな人に応募するよう促すことはよくあります.それが公募を出す前であれば,公募の時点でその目的とする人に合わせて条件を非常に絞ることもありますが,その場合でも公募によって上位互換の人が現れた場合は,もちろんそちらを採用するはずです*2

 

大学教員の評価

一般的な大学教員は授業や学生指導をはじめとした教育と,自らの研究活動の2つをバランスよく行う必要があります.学生がごく稀に二日酔い,だるい,寝坊などの残念な理由で授業を欠席するのに対し,大学教員はそのような理由で欠講とすることはまず許されません*3.教室の後ろで寝るということもできず,最低90分*4はまともに授業をする必要があります.

世の中には例外というものは常に存在するのもので,どうしようもない授業を展開する先生も1学科に1名はいるのではないかと思いますが,殆どの大学教員は昨年の使い回しにしろ,かなりの労力をかけて授業準備を行います.従って,配属1年目の大学教員は資料の作成等々で授業におけるウェイトが重くなると考えられます.

大学教員の評価は授業を何コマ持っただとか,何人学生を指導し,さらに修士号や博士号を取得させたのは何人などが総合的に考慮すると言われていますが,最もウェイトが置かれているのは研究業績です.一口に研究業績といっても口頭発表,国際会議,学術雑誌などのようなランクが存在しますが,分野によって研究業績をどのように評価するのかということは大きく異なります.一般に最も評価されるのは査読がある学術雑誌への掲載で,さらに学術雑誌にも有名か無名かで格付けがありますが,例えば私の属する情報工学系では査読付の国際会議発表は学術雑誌並みに評価されますし,人文社会学系では著書,特に単著が非常に重要視されていると聞きます.なお,どれも本人が著者の一番前に来る,つまり論文に対して最も貢献した筆頭著者の話です.

この研究業績ですが,今公募に応募しようとするならば,年に1報の学術雑誌掲載がぎりぎりの最低ラインだと考えられます.もちろん審査においては教歴なども非常に重要視されますが,毎年数本の査読付論文を出しまくる人はゴロゴロいるため,それらの人を相手取りポストを得ることは難しいのではないでしょうか.従って,任期無しのポストについていない若手研究者はほぼ例外なく研究にかなりの時間を割いています.

 

大学教員にまつわる俗説と執筆の経緯

大学教員の主な活動は上記の通りですが,センターに属するセンター教員や国公立,私大等の区分でウェイトはかなり変わるとされています.

  • 私大教員は年間10コマを超える授業を受け持つため,研究ができない
  • 私大教員は1人で国公立教員の数倍以上の学生を受け持つため,研究ができない
  • センター教員は学生を受け持つことはなく,授業も基本的には持たないが,研究にあまり結びつかないセンター業務が忙しく研究をすることができない
  • 日本の大学教員は海外に比べ事務手続きなどの研究関連業務が非常に多く,研究が出来ない
  • 大学教員は裁量労働制が採用されているので殆ど大学にいない.正午を過ぎてから大学に来る
  • 日本の大学では獲得的研究資金ばかりであり,その獲得のために多大な労力が払われている.また,研究費を獲得できない研究者はそもそも研究ができない
  • 各大学において事務手続きに関する煩雑なローカルルールが数多く存在する

特に最後のローカルルールについては,河野太郎衆議院議員が強い関心を持ち,最適化が行われようとしているところです.また,最後から2番目の予算についても,2017年1月9日の河野議員のブログ冒頭に

さて、昨年末、細かいことはよいから科学技術振興予算をもっと増やしてほしいという要望をいただきました。

と書かれているように切実な問題のようです.しかし,直後に河野議員が反論しているように予算はゼロサムで,かつ逓減している中,ただ予算をよこせというのは余りにも納得がしがたい主張だと思います.

しかし,研究者は日頃から競争的獲得資金という名目で,優れたように見える人が総取りという今のシステムで戦ってきているのですから,適切な調査を行い,合理的な判断を下すための客観的なデータを提供することはできないのでしょうか.もしも苦況を客観的に示すことができれば,努力不足の一言で切り捨てられることはなく,相対的な重要性を認められ予算配分の方向性が転換されるということもありえるはずです.この記事はそのような視点から執筆しました.

 

調査方法

今回はとある着任1年目の国公立大センター教員(特任助教)に全面的にご協力頂き,2017年2月5日から2月25日の21日間,計3週間の間,密着して研究・業務・勉強に割いている時間を計測しました.測定には図1に示すようなキッチンタイマーを3種使い分けることで行いました.

研究,業務,勉強の内訳はそれぞれ次の通りです.

研究

業務

  • 会議,議事録確認
  • 打合せ
  • 授業準備,授業,採点
  • 諸手続や文書作成

勉強

  • 読書
  • 査読
  • セミナー等参加
  • 進行中の研究に直接関係ない論文読み

どれにも含まれないもの

  • 研究,業務に直接関係がないメール返信
  • 研究出張等に関連する事務作業
  • はてブ,新聞を読む,ニュースを見る

なお,1年契約の最大5年まで更新の任期付,授業は年に1~2コマ,学生指導はなしというセンター教員のポストで,業務に関する定例打合せ・会議は月に11回.研究に関する定例打合せは月8~10回だそうです.裁量労働制が適用されているとのこと.

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図1. 測定に使用したキッチンタイマー

 

調査結果

表1に各日の細目を,図2に各日において積み上げ棒グラフにしたものを示します.

 

表1. 各時間の細目

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図2. 各日における研究・業務・勉強の積み上げグラフ

 

解説

  • 2月14日と2月17日にそれぞれ研究に関する締切があったため,比較的机に向かっている時間が多かった
  • 通勤には往復で3時間かかり,睡眠時間は3時間~6時間程度
  • 食事は全て外食で済ませ,家事は土日にまとめてやることで短縮を図っている
  • 研究が佳境であり,他の時期に比べても比較的多い
  • 有休はプチサバティカル
  • サーベイや読書が全くできていないのでそのうち大変なことになるはず
  • 一番の趣味はゲームセンター通いだったが全一になったので引退
  • かなり自由に(自分の)研究をさせてくれるホワイトな職場
  • 同僚と比べると業務は少なく,研究はかなりできている方

 

考察,まとめ

夏目漱石の三四郎には,現在の東京大学に通う主人公が描かれています.そこでは9月11日に学年が始まっていますが,実際の講義が始まったのは約10日後とされています*5.今の大学はそこまでデタラメではないにしろ,数十年前までは何もかも適当で,大学教員が楽をしているようにみえる時期があったのではないでしょうか.人間は自らの経験を重んじますから,自らが学生だった頃のイメージで大学教員を語る人が多く,結果として現状の実態と乖離した「大学教員像」一人歩きしているように思えます.

今回調査対象とした大学教員はそこまで業務や研究に全力を注いでいるというようには見えず,記録をみてもまだまだそれらに割ける時間はあるのではないかと思いますが,このデータを契機,ベースラインとして多くのデータが公開されることで,客観的で論理的な議論により,大学教員の実態がより世間に知られることになれば幸いです.

ただし,このようなデータを公開する人は,あからさまにサボっているという自覚がない人が行うのが常ですので,ある程度のバイアスがかかっていることは常に考慮する必要があります.

純粋な研究時間と,出張手続きのような研究関連業務の比率を出すことが今後の課題です.

*1:私大ではそのようなこともあるという噂を聞きますが,国公立大においてそのようなことが発覚したら新聞沙汰は避けられないので公募には必ず出すはずです

*2:目星がついていない公募のことを,俗に「ガチ公募」と呼びます

*3:個人的には,欠講になる最大の理由は国際会議参加だと思います

*4:筑波大などは75分

*5:三章冒頭,「学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義の時間割りがあるばかりで学生は一人もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいつから始まりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。」